2005年。私は、まだ高校3年生だった。
当時、サッカーを現地で観る機会が少なかった。
ひたすらにボールを追い、リーガエスパニョーラを見るのが週に一度の楽しみ。
サッカーとは即ち喜びであって、最高に楽しいものだと、そう信じて止まなかった。
しかし、現実は氷のように冷たかった。
エースストライカー・大黒将志のシュートが、ゴールネットを揺らす。
ロスタイムに決めた、値千金の決勝ゴール。あと数分耐えれば、勝ち点1を得たのに。
日本代表のサポーターが歓喜の声をあげ、埼玉スタジアムを揺らしている中、
私は席から一歩も動けずに、泣きじゃくっていた。
日朝関係が緊迫する中、開催された日本vs北朝鮮戦。
厳戒態勢が敷かれ、スタジアムは物々しい空気に覆われていた。
圧倒的なアウェイで、奮闘する北朝鮮代表。日本を苦しめたが、地力の差が出てしまった。
あの敗戦から、6年が経った。
日本代表はドイツW杯で惨敗したものの、南アフリカ大会で息を吹き返す。
今ではFIFAランキング15位。名実共に、アジアNo.1の強豪国となった。
一方、北朝鮮代表はW杯出場を逃し、低空飛行を続けていた。
南アフリカ大会で、40年ぶりに出場するも、3戦全敗の憂き目に遭う。
ライバルである、日本や韓国に、大きな差をつけられてしまった…
そして、今また日本と相まみえることに。
W杯アジア3次予選で同組となり、アジアカップ以来の再戦となった。
雪辱に燃える北朝鮮、警戒する日本。否が応でも注目が集まる。
9月2日(金)、大型の台風が接近し、開催が危ぶまれたが、キックオフ前に雨は止んだ。
場所は、6年前と同じ、埼玉スタジアム。大勢のサポーターが駆けつけ、北朝鮮を迎え撃とうとしていた。北朝鮮も、前回よりも応援に力を入れ、在日朝鮮人を中心に、動員を呼びかけた。アウェイ側に与えられた座席数は、僅か4000。果たして、どれだけ埋まるのだろうかと、心配していた。
まさに杞憂。バックスタンドの一角ながら、真紅で埋め尽くされていた。
川崎フロンターレで活躍し、現在はボーフムに所属しているチョン・テセ、
ベガルタ仙台で10番を背負う、テクニシャンのリャン・ヨンギ、
6年前、主力としてピッチで戦ったベテランのアン・ヨンハ…
在日朝鮮人社会でも、圧倒的な人気と知名度を誇る選手が、レギュラーに名を連ねた。
彼らに対する、熱い声援。もちろん、国内でプレーする選手にも、エールが送られた。
席に座り、周りを見渡す。6年前は、張り詰めた雰囲気だった。
サッカーに「それ以上」の何かを求めているようで、正直恐怖を感じた。
鬱積している感情を、いつ解き放とうか。私には、そう見えていた。
日本と北朝鮮の歴史、諸問題といった要素も絡み合い、もはや普通の試合ではなかった。
しかし、今回は違っていた。皆、嬉しそうに応援している。
感情は高ぶっているが、誰もが代表チームの勝利を願い、信じていた。
視線を向こうにやると、一面青い世界。圧倒的なアウェイを肌で感じながらも、
私は恍惚感に浸れた。日本と、真っ向勝負で戦えるのだと。
キックオフ。戦前の予想では、日本が優位。
持ち前の組織力と、タレントの豊富さが融合し、ザッケローニ監督就任以降、未だ敗北を喫していない。欧州やJリーグで活躍する選手も数多く要し、隙も見当たらない。この日は、チームの要である本田と長友を負傷で欠くものの、北朝鮮との戦力差は絶望的…なはずだった。
北朝鮮は、素早いプレッシングを敢行し、コレクティブに守備を構築する。
パスの供給源である、遠藤をゲームから消そうと、積極的に追い回す。
足下の技術は拙かったが、漲る闘志とフィジカルの強さで、ゴールを死守する。
日本は次から次へと、崩しにかかるが、GKリ・ミョングッのファインセーブや好判断に阻まれてしまう。アウェイ戦、それも相手は格上。勝ち点3は奪えずとも、ドローに持ち込めば大金星と言えよう。
北朝鮮は未だ、謎に包まれたチームとして畏怖されている。
香川は北朝鮮のディフェンスに対し、「穴はある」と強気な発言を残したが、
本人も予想していなかったであろう、効果的なディフェンスを見せつけられた。
オフェンスは、チョン・テセにボールを集める作戦だったが、日本も心得ており、徹底的に潰しにかかる。空中戦での強さは流石だったが、素早い寄せとフォローの前に沈黙。サイドでプレーしたリャン・ヨンギも、内田のチェックに苦戦し、得意のロングパスが出せずにいた。
それでも、時折見せるショートカウンターは、北朝鮮サポーターを沸かせ、日本サポーターに冷や汗をかかせた。シュート数も少なく、脅威とはならなかったものの、格上相手にも鋭い連携を見せつけることも出来ると証明してみせた。
日本は決定的な場面が何度も訪れた。岡崎のダイビングヘッド、李のヘディング、香川のドリブル突破…悲鳴が聞こえる、ゴール裏。クロスバーにも救われ、前半は0-0で折り返した。ゲームプランとしては、引き分け狙いなはずだと、私は思った。6年前は、ラッキーなゴールで先制したが、試合の状況や流れを見る限り、「事故」は起きないだろうと。
後半に入ると、前半よりも押し込まれる場面が増えていく。
初戦で、ホーム。まさしく、絶対に負けられない戦いとなっている日本は、猛攻をかけてくる。圧力は増してくるが、必死に堪える北朝鮮。徹底的にディフェンスラインを下げ、シュートをブロッキングすればいいという意図が見えた。ギリギリのバランスを保っていただろう。
あわよくば得点を、という狙いで、チョン・テセにボールを集めたり、サイドバックが上がった裏のスペースを狙いにかかるが、ボールを保持する時間が少なく、キープしたとしても、すぐに囲まれ、奪われてしまう。単純に、技術と戦術の積み重ねの差が現れていた。サッカーは、フィジカルと精神力だけでは勝てないのだ。これは、南アフリカ大会でも身を持って知ったはずである。
ゴールネットは揺れないまま、時間は過ぎていく。
だが、ここで「事件」が起こる。途中出場のパク・クァンリョンが、危険なアフタータックルをとられ一発退場。スタミナ切れを起こしかけ、足をつる選手も多くなってきた中、あまりにも痛い数的不利。これを機と見た日本は、怒涛の攻めを展開する。
長身のハーフナー・マイクを投入し、パワープレイを敢行。
今までの日本になかった、セオリー外の戦術。スピードだけでなく、ハイタワーにも警戒しなければならない北朝鮮のディフェンスは、破綻寸前だった。
長谷部の突破に引き摺られ、清武のテクニックに翻弄され…
そして、後半ロスタイム。このままいけば、北朝鮮は価値あるドローを手にする…はずだった。
途中出場ながら、危険な動きを続けていた清武が、クロスボールを上げた。
空中戦も弾き返してきた北朝鮮だったが、吉田が全力で飛び上がった。
長身から放たれたヘディングシュートが、ゴールを突き刺す。
神がかったファインセーブを連発した、リ・ミョングッの手は届かない。
ゴールネットが揺れた瞬間、青い蠢きが一斉に唸りをあげ、爆発した。
日本からすれば、まさに奇跡の決勝ゴール。それも、試合終了間際である。
歓喜の輪を作るイレブン、ベンチ。キャプテンの長谷部は、一人冷静さを保っていた。
吉田が飛び上がり、着地したその時。アウェイ側から、一切の音が消えた。
声にならない、悲痛な叫び。6年前の記憶が蘇るような、痛恨の失点。
近くにいた女性は、主審に罵詈雑言を浴びせ、旗を振っていた青年は、手を止めた。
北朝鮮に残された時間は、あまりにも少なかった。主審の笛が、スタジアムに響き渡る。
1-0で、日本が辛勝。試合開始から終了まで、完全に引いて守っていた北朝鮮に手を焼きつつも、終始攻め続け、ゴールを奪った。強者のサッカーが、弱者のサッカーを完膚なきまでに叩き潰す。そこには、勝ち点を奪えなかったという現実が、そびえ立っていた。
国の事情もあるだろうが、風車に挑むドン・キホーテのようだった。
テクニック、戦術、組織、環境…どの要素でさえ、埋め難き差に。
日本という壁は、北朝鮮が代表が思っていた以上に、高く、険しい壁になっただろう。
6年前は、ミスを連発したGKに対して、罵声が浴びせられていた。
しかし、今回は違っていた。守備的でありながら、闘志を剥き出しにして戦った、北朝鮮イレブンに暖かい拍手が送られた。うなだれる選手達。北朝鮮サポーターは、「平壌でお返ししてやれ!」と声を張る。
試合内容や展開だけを追うと、実にもったいないと感じた。
勝ち点1を目前にして、崩壊してしまった。実力の差はあったにせよ、このような機会はそうそう無いだろう。ましてや、相手は日本である。不倶戴天の敵ではない。れっきとした、強豪国である。
アジア3次予選は、これで終わりではない。初戦が終わっただけなのだ。
北朝鮮は2位狙いでも十分であって、日本を倒すことがW杯出場の決め手には成り得ない。
この敗戦は、糧になる。希望の光が差し込んだような、敗戦だったと信じたい。
試合終了後、私の表情は硬かった。一方的な肩入れは出来ないと心の中では思っていても、やはり悔しい。自分が監督なら、選手ならどうしていたか。今後の課題は、ウズベキスタンとタジキスタンに勝利を収めるには、どうすればいいのか。次々と思い浮かんでは、消えていった。
前回は、形容し難い悔しさと情けなさから、スタジアムで涙を流した。
時は経ち、サッカーに関わる人間として、試合を見つめた。実に感慨深く、感情を揺さぶられた。
滅多にない好ゲームを、現地で観戦出来たことに感謝。
自分も、大人になったのかなと考えつつ、メモ帳を閉じ、帰路についた。
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6年前。私と同じように、埼玉スタジアムのアウェイ席から北朝鮮の敗戦を見つめていた、ある大学生がいた。彼は、先輩たちの奮闘と、呆気ない幕切れを同時に目撃し、いつか自分も日本相手に戦い、ゴールを決めてやると、心に誓った。
青年の名は、チョン・テセ。
この試合では執拗なマークに遭い、雪辱を晴らすゴールは奪えなかった。
試合終了間際、ベンチに下げられた。その直後、友人でもある吉田の決勝ゴールを見届け、唇を噛んだ。
6年越しのリベンジならず。きっと、本人が一番悔しい思いをしているだろう。
テセの逆襲は、またしても埼玉スタジアムから始まろうとしている。